城崎の外湯めぐりと温泉寺、玄武洞と出石の城下町を歩く1泊2日


城崎温泉駅に10:45ごろ着いたら、大谿川沿いの柳並木を眺めながら、徒歩でおよそ5分の城崎文芸館へ。豊岡市立城崎文芸館は、志賀直哉をはじめとする白樺派の文人たちの資料を所蔵・展示する文学館です。志賀直哉は城崎を十数回にわたって訪れ、随筆「城の崎にて」の舞台としても知られています。館内には、直筆の原稿や書簡、城崎温泉の歴史をたどる資料が展示され、文豪たちが愛した温泉街のもうひとつの顔に触れることができます。旅のはじまりに、静かな空間でゆったりとした時間を過ごしてみましょう。続いては、大谿川沿いの柳並木を眺めながら、徒歩でおよそ10分の城崎温泉ロープウェイへ向かいましょう。

城崎文芸館からは、大谿川沿いの柳並木を眺めながら、徒歩でおよそ10分です。城崎温泉ロープウェイは、城崎温泉街と大師山の山頂を結ぶロープウェイで、昭和38年(1963)に開業しました。交走式のロープウェイとして、道中に中間駅を持つのは日本で唯一と伝えられ、この中間駅が、これから向かう温泉寺の最寄り駅にあたります。山頂駅の展望台からは、城崎の温泉街や円山川、遠く日本海までを見渡す景色が広がります。大師山という名の通り、山全体に古くからの信仰の気配が漂う場所でもあります。空中散歩を楽しみながら、山の中腹に佇む古刹へと向かいましょう。続いては、ロープウェイで中間駅まで戻り、そこから徒歩でおよそ10分の温泉寺へ向かいましょう。
ロープウェイの中間駅からは徒歩でおよそ10分です。温泉寺は、養老元年(717)、この地を訪れた道智上人が、難病に苦しむ人々を救おうと千日にわたって経を唱え続けたところ、霊泉が湧き出したのが城崎温泉の始まりと伝えられる古刹です。天平10年(738)には、聖武天皇から「末代山温泉寺」の山号・寺号を賜り、城崎温泉の守護寺として開かれました。本尊の十一面観世音菩薩をはじめ、多くの文化財を伝え、大師山の中腹という立地から、山岳信仰とも結びついた祈りの場として知られています。今も法要が営まれる祈りの場ですので、境内では静かに、敬意をもってお参りください。開湯の物語と山の霊気に触れてみましょう。続いては、歩いておよそ15分の城崎の温泉街へ向かいましょう。昼食をとりましょう。
温泉寺から歩いておよそ15分、城崎の温泉街のあたりで、昼食にしましょう。食事を終えたら、歩いておよそ5分の御所の湯へ向かいましょう。
城崎の温泉街からは歩いておよそ5分です。御所の湯は、南北朝時代の歴史物語『増鏡』に、文永4年(1267)、後堀河天皇の姉にあたる安嘉門院が入湯したという記録が残ることにちなんで名付けられたと伝えられる外湯です。但馬の山並みを借景にした露天風呂が特徴で、令和2年(2020)に大規模なリニューアルを終え、城崎温泉を代表する風格ある佇まいを今に伝えています。ここでも撮影は控え、湯あたりしないよう、休みながら水分をとりましょう。但馬の山並みを眺めながら、湯に浸かってみましょう。続いては、歩いておよそ4分の一の湯へ向かいましょう。
御所の湯からは歩いておよそ4分です。一の湯は、江戸時代の医師が「天下一の湯」と称えたことが名の由来と伝えられる外湯です。飲泉場も設けられており、温泉を飲む文化が今も息づいています。ここでも撮影は控え、湯あたりしないよう、休みながら水分をとりましょう。外湯はそれぞれ開いている時間や休みの曜日が異なるため、訪れる前に公式サイトで確認しましょう。続いては、歩いておよそ5分の地蔵湯へ向かいましょう。
一の湯からは歩いておよそ5分です。地蔵湯は、温泉の泉源から地蔵尊が現れたという言い伝えが名の由来とされる外湯です。七つの外湯の中でも、地域の人々の暮らしに寄り添う信仰の場として親しまれてきました。ここでも撮影は控え、湯あたりしないよう、休みながら水分をとりましょう。ここまで巡ってきた外湯それぞれの物語を思い返しながら、湯に浸かってみましょう。続いては、歩いておよそ4分の柳湯へ向かいましょう。
地蔵湯からは歩いておよそ4分です。柳湯は、七つの外湯の中でもっとも小さな湯で、中国の西湖から移し植えたと伝えられる柳の木の下から温泉が湧き出したことが名の由来とされています。こぢんまりとした佇まいながら、城崎らしい風情を今に伝えています。ここでも撮影は控え、湯あたりしないよう、休みながら水分をとりましょう。一日かけて巡った外湯めぐりの締めくくりに、ゆっくりと湯に浸かってみましょう。今夜はこの近くの宿に泊まり、旅の疲れを癒やします。

兵庫県日帰り
兵庫県1泊2日
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