武田神社と舞鶴城公園、武田信玄ゆかりの甲府を巡る定番日帰りプラン


甲府駅前からバスでおよそ8分、甲府の旅は武田神社から始まります。武田信玄・信虎・勝頼、武田氏三代が本拠とした居館「躑躅ヶ崎館」の跡地に建てられた神社で、信玄公を御祭神として祀っています。大正時代、信玄公への位階追贈をきっかけに、地元の人々の願いから建設が進み、社殿が完成したと伝えられています。境内には武田氏の時代から残る堀や土塁、石垣、古井戸などが今も見られ、当時の面影を伝えています。参道にかかる朱塗りの神橋も、社殿の完成にあわせて架けられたものです。静かに、敬意をもってお参りしましょう。参拝を終えたら、歩いて信玄ミュージアムへ向かいましょう。
武田神社から歩いて3分ほど、次に訪れるのは信玄ミュージアムです。正式には甲府市武田氏館跡歴史館といい、武田神社の境内に残る「躑躅ヶ崎館」跡の発掘調査の成果をもとに、武田氏三代の暮らしや、館の構造を紹介する施設です。発掘で見つかった遺構の展示や、武田氏ゆかりの資料も見ることができます。武田神社とあわせて見学することで、居館としての姿をより具体的にイメージできます。じっくりと見学しましょう。見学を終えたら、歩いて大泉寺へ向かいましょう。
信玄ミュージアムから歩いて12分ほど、次に訪れるのは大泉寺です。大永元年(1521)、武田信虎によって創建された曹洞宗の寺で、信虎の菩提寺です。天正2年(1574)、信濃の高遠で亡くなった信虎の葬儀はこの寺で営まれ、遺骸も境内に葬られました。本堂の奥には武田氏の霊屋があり、信虎の墓もそのそばにあります。信虎の三男・逍遥軒が描いたとされる「武田信虎画像」は、国の重要文化財に指定されています。静かに、敬意をもってお参りしましょう。参拝を終えたら、タクシーで舞鶴城公園へ向かいましょう。

大泉寺からタクシーでおよそ10分(このあたりは便利なバスの便が少ないため)、次に訪れるのは舞鶴城公園です。武田氏が滅んだのち、豊臣秀吉配下の家臣だった加藤光泰らによって本格的に築城が進められたと伝わる甲府城の跡地に整備された公園です。天守があったかどうかは、今もはっきりしていませんが、天守台は現存しており、甲府盆地や富士山を望む眺めのよいスポットとして親しまれています。稲荷櫓や鉄門(くろがねもん)も復元されており、当時の城の姿をしのぶことができます。桜の名所としても知られ、季節には多くの人が訪れます。武田氏ゆかりの史跡から、その後の甲府の歴史を伝える場所まで、ゆっくりと巡りましょう。見学を終えたら、歩いて甲府駅前へ向かいましょう。
舞鶴城公園から歩いて4分ほど、お昼は甲府駅前で食事をとりましょう。駅の周辺には、山梨の郷土料理「ほうとう」をはじめ、甲州名物を味わえる店が集まっています。甲府の旅の折り返しに、地元の味でひと息つきましょう。ゆっくりと食事をとったら、甲府駅前でレンタカーを借り、車で恵林寺へ向かいましょう。
甲府駅前から車でおよそ25分、次に訪れるのは恵林寺です。元徳2年(1330)、夢窓国師によって開かれた臨済宗の古刹で、のちに武田信玄が菩提寺と定めました。天正10年(1582)、織田軍の焼き討ちで伽藍を失いましたが、のちに再建されました。国の重要文化財・四脚門や、夢窓国師の作と伝わる庭園、歩くとうぐいすの鳴き声のような音が響く「うぐいす廊下」も見どころです。信玄公の墓所もありますが、ふだんは非公開となっています。今も祈りが続く場所ですので、静かに、敬意をもってお参りしましょう。見学を終えたら、車で甘草屋敷へ向かいましょう。
恵林寺から車でおよそ10分、次に訪れるのは甘草屋敷です。正式には旧高野家住宅といい、江戸時代、漢方薬の原料となる甘草を栽培し、幕府に納めていた家です。兜のような形の急な茅葺き屋根が特徴の「兜造り」という建築様式で、国の重要文化財に指定されています。蔵や庭には、季節の花々も植えられています。見学を終えたら、車で放光寺へ向かいましょう。
甘草屋敷から車でおよそ10分、甲府の旅の最後に訪れるのは放光寺です。寿永3年(1184)、安田義定によって開かれた真言宗の寺で、戦国時代には武田信玄の祈願所となりました。武田勝頼が奉納したと伝わる大般若経は、天正10年(1582)の武田氏滅亡の際、織田軍によって多くが失われました。「花の寺」としても親しまれ、梅や桜、牡丹、紅葉など、四季折々の花木が境内を彩ります。今も祈りが続く場所ですので、静かに、敬意をもってお参りしましょう。見学を終えたら、車でおよそ30分、甲府駅前のレンタカー営業所へ戻り、返却してから帰りましょう。

山梨県1泊2日
山梨県日帰り
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