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グリコサインとたこ焼き、道頓堀を食べ歩く日帰りプラン

しおりえ編集部
さんの投稿・2026/09/13 公開・更新日: 2026年10月31日
グリコサインとたこ焼き、道頓堀を食べ歩く日帰りプラン
写真: Dick Thomas Johnson from Tokyo, Japan / CC BY 2.0 (出典)
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ディープな下町情緒が漂う新世界の通天閣から、電気街のでんでんタウン、活気あふれる黒門市場、飲食店がひしめく法善寺横丁まで。大阪らしいグルメと昭和レトロな下町情緒を1日でたっぷり味わう、食い倒れプランです。
Day1新世界 → 通天閣 → でんでんタウン → 黒門市場 → 法善寺横丁 → 道頓堀
訪問スポット数: 6箇所総移動時間: 約41分主な移動手段: 徒歩・電車
1
9:00
新世界
写真: Dick Thomas Johnson from Tokyo, Japan / CC BY 2.0 (出典)
新世界
滞在 約45分

動物園前駅から徒歩約5分、ここが今日のスタート地点、新世界です。この一帯は、明治36年(1903年)に開かれた第5回内国勧業博覧会の会場跡地でした。博覧会のあと、日露戦争のあいだは陸軍がこの土地を使用していましたが、戦後になって東側は天王寺公園に、西側がこの新世界になったと伝えられています。新世界の誕生は1912年7月、シンボルの通天閣と遊園地ルナパークの開業とともにでした。名前の「新世界」は、古い時代と対比する『新しい世界』という意味を込めて決められたと伝えられています。設計にあたっては、パリの街並みとアメリカ・ニューヨークの雰囲気を重ね合わせた、西洋風の娯楽街づくりが目指されたとも言われています。串カツの香ばしい匂いとレトロな看板が入り混じる通りは、まさに大阪らしい猥雑な魅力にあふれた場所。次は、この街のシンボルである通天閣へ向かいましょう。

住所: 大阪市浪速区恵美須東
徒歩約5分
2
9:50
通天閣
写真: Sakai Yayoi / CC0 (出典)
通天閣
滞在 約62分

新世界のシンボルといえば、この通天閣です。実は今建っているのは2代目で、初代は1912年、パリの凱旋門の上にエッフェル塔を載せたような姿で誕生し、高さは約75mありました。しかし1943年、足元の映画館で起きた火災に巻き込まれて焼け落ち、解体されてしまいます。戦後、『もう一度新世界を盛り上げたい』という地元の人々の声がきっかけとなり、1956年に高さ103mの2代目として再建されたと伝えられています。塔のシンボルであるビリケンさんは、足の裏をなでると願いが叶うとされ、2代目の像は32年間なでられ続けた結果、足の裏が約4cmもへこんでしまったという記録が残っているほどです。現在の像は3代目で、クスノキの一本彫りです。展望台からの眺めを楽しんだら、次は電気街として知られるでんでんタウンへ向かいます。

住所: 大阪市浪速区恵美須東1丁目18-6
公式サイトを見る
電車約10分
3
11:02
でんでんタウン
写真: sailko / CC BY-SA 3.0 (出典)
でんでんタウン
滞在 約90分

通天閣から少し歩くと見えてくるのが、電気街として知られるでんでんタウンです。このあたりの日本橋という地名は、江戸幕府が1619年に橋を架けたことに由来し、明治時代には古書店街として賑わったと伝えられています。転機となったのは戦後のこと。復員した兵士たちがラジオや無線機の中古部品を持ち寄って商いを始めたのが電気街の始まりとされ、1950年に民間のラジオ放送が始まると、ラジオ部品を求める人々でこの一帯は一大集積地へと発展していきました。『でんでんタウン』という親しみやすい愛称が付いたのは1978年、一般公募によって決められたそうです。今では電気製品の店だけでなく、アニメやゲームなどオタク文化の発信地としても知られています。ひと通り見て回ったら、次は大阪の台所と呼ばれる黒門市場へ向かいましょう。

住所: 大阪市浪速区日本橋
徒歩約11分
4
12:43
黒門市場
写真: ほっきー / CC0 (出典)
黒門市場
滞在 約79分

次にやってきたのは、『浪速の台所』の異名で親しまれる黒門市場です。起源は江戸時代後期、圓明寺というお寺の黒い山門のそばに商人たちが集まり、魚を売買するようになったことにあるとされ、当初は『圓明寺市場』と呼ばれていました。その後、明治35年(1902年)に大阪府公認の市場として正式に認可されています。歴史の中では難波の大火や大阪大空襲によって2度も焼け落ちる苦難がありましたが、そのたびに商人たちの手で再建され、『浪速の台所』と呼ばれるまでの賑わいを取り戻してきました。現在は『キ』の字の形をした総延長約580mのアーケードに、鮮魚店や青果店、食べ歩きグルメの店がずらりと並んでいます。お腹を満たしたら、次は法善寺横丁へ向かいましょう。

住所: 大阪市中央区日本橋2丁目
公式サイトを見る
徒歩約10分
5
14:12
法善寺横丁
写真: +- / CC BY-SA 3.0 (出典)
法善寺横丁
滞在 約53分

石畳が続く小さな路地、法善寺横丁にやってきました。この場所にある法善寺は、寛永14年(1637年)に現在の地に完成したお寺です。付近の『千日前』という地名は、法善寺の専念法師が行った『千日念仏回向』という供養に由来すると伝えられています。横丁の名物は、苔むした水掛不動尊。もともと参拝客がお供え物を持たなかったため、思わず像に水をかけて手を合わせたのが始まりと伝わり、長年水をかけられ続けた不動明王は今では全身が苔に覆われています。この一帯は江戸時代に2度(1828年・1852年)焼失し、1945年の大阪大空襲では水掛不動尊を残してすべてが焼け落ちるなど、幾度も苦難を乗り越えてきました。すぐ近くには大正12年(1923年)に開場した大阪松竹座がありましたが、老朽化のため2026年5月に興行を終え、建物は解体されることになりました(劇場機能は場所を変えて続けていく方針が発表されています)。時代とともに移り変わる道頓堀の劇場文化を感じながら、横丁の情緒を味わってみましょう。 今もお参りが続く場所なので、静かに、敬意をもってお参りしましょう。

住所: 大阪市中央区難波1丁目
徒歩約5分
6
15:10
道頓堀
写真: Zest / CC BY-SA 4.0 (出典)
道頓堀
滞在 約90分

法善寺横丁からは歩いてすぐです。道頓堀は、江戸時代初期の慶長17年(1612)に開削が始まり、元和元年(1615)に完成した運河です。開削に尽力した安井道頓の功績をたたえて、この名がついたと伝えられています。芝居小屋が並ぶ娯楽の町として栄えた歴史を持ち、今も飲食店やネオン看板が軒を連ねる、大阪を代表する繁華街のひとつです。中でも道頓堀のシンボルといえるのが、道頓堀グリコサインです。昭和10年(1935)に初代の看板が設置されて以来、幾度かのリニューアルを経て、現在の看板は6代目にあたります。両手を広げて走るランナーの姿は、大阪観光の記念写真の定番となっています。たこ焼きなど大阪らしい食べ歩きグルメも楽しみながら、旅の締めくくりに道頓堀の賑わいを味わいましょう。

住所: 大阪市中央区道頓堀1丁目
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