道頓堀と新世界のレトロ感、なにわ食い倒れ旅


この旅は歩いてめぐります。なんば駅に11時ごろ着いたら、歩いて約7分。大阪のお笑い文化の発信拠点となっている劇場から、今日の旅をスタートします。お笑い劇場としては国内最大とされる858席の座席を備え、レトロ調の館内は「古き良き日本」を演出しています。ベテランから若手まで、芸人のお笑いを生で見られ、喜劇は週替わりの新作が上演されています。公演の時間は公式の案内で確かめましょう。次は、南へ歩いて今宮戎神社へ向かいましょう。
花月から南へ歩いて約16分、「えべっさん」と親しまれる商売の神さま・今宮戎神社へ。推古天皇の時代に、聖徳太子が四天王寺を建てたとき、西の守り神としてお祀りしたのが始まりとされます。1月の「十日戎」は3日間にわたって行われ、たくさんの参拝客でにぎわいます。商売繁盛を願う人がお参りする神社です。今も祈りが続く場所ですので、静かに、敬意をもってお参りください。次は、北へ歩いて千日前道具屋筋商店街へ向かいましょう。

今宮戎神社から北へ歩いて約15分、料理道具や食器の専門店が軒を連ねる千日前道具屋筋商店街へ。1882年(明治15年)ごろ、法善寺の千日前から四天王寺、今宮戎神社へと続く参道沿いで商いが始まったのが起こりとされ、大正時代には古道具屋から、調理器具の製造・卸・販売を行う専門店へと変わっていきました。1970年(昭和45年)には、大阪万博の開催に合わせて全長約150mのアーケードが建てられました。プロの料理人も通う道具の街を歩いたら、次は黒門市場へ向かいましょう。
道具屋筋から歩いて約6分、大阪を代表する市場・黒門市場へ。文政5〜6年(1822〜1823年)ごろ、日本橋の圓明寺付近の黒い山門のあたりに商人が集まり、堺や紀州から入ってきた魚を売ったのが始まりとされ、明治45年(1912年)の難波の火災で寺とともに焼けるまでは「圓明寺市場」と呼ばれていたそうです。その後、大阪の大空襲でも焼失しましたが、戦後に復興しました。千日前から南へ約580mの間に、鮮魚や青物・果物、飲食の店など約150店が並び、料亭の板前さんの買い出しが多いことから、フグや鮮魚の店が多いのも特徴です。ここで昼食にしましょう。次は、東へ歩いて上町台地の生國魂神社へ向かいましょう。
黒門市場から東へ歩いて約11分、上町台地に建つ生國魂神社へ。生島神・足島神を、今の大阪城のあたりの石山崎にお祀りしたのが始まりとされる古い神社で、平安時代の延喜式にも名神大社として記されています。1580年の石山合戦で焼け、1583年に豊臣秀吉が大阪城を築くときに今の地へ移されました。本殿は「生國魂造」と呼ばれる造りです。上方落語の祖とされる米澤彦八にちなむ「彦八まつり」でも知られます。今も祈りが続く場所ですので、静かに、敬意をもってお参りください。次は、北へ歩いて高津宮へ向かいましょう。
生國魂神社から北へ歩いて約10分、高津宮へ。難波の地に都「高津宮」を置いた仁徳天皇をお祀りする神社で、貞観8年(866年)に、旧都の跡を探して社地を定め、社殿を築いたのが始まりと伝わります。1583年、豊臣秀吉が大阪城を築くときに今の地へ移りました。昭和20年(1945年)の戦災で社殿のほとんどが焼けましたが、戦後に再建されています。古典落語「高津の富」の舞台としても知られます。今も祈りが続く場所ですので、静かに、敬意をもってお参りください。次は、坂を下って法善寺横丁へ向かいましょう。

高津宮から坂を下って西へ約15分歩き、石畳の路地・法善寺横丁へ。長さ80m、幅3mの2本の路地が東西に延び、東西の門に掲げられた「法善寺横丁」の文字は、西が藤山寛美、東が3代目桂春団治によるものです。もともとは浄土宗天龍山法善寺の境内で、参拝客相手の露店が横丁に発展したといわれます。太平洋戦争の空襲で寺も横丁も焼けましたが、戦後、盛り場として復活しました。織田作之助の小説『夫婦善哉』の舞台としても知られています。戦火をくぐり抜けた水掛不動尊は、願いを込める人たちがかけた水で、全身が緑の苔に覆われています。今も祈りが続く場所ですので、静かに、敬意をもってお参りください。次は、すぐそばの上方浮世絵館へ向かいましょう。
法善寺横丁から歩いて約2分、法善寺の西側の角地に建つ、上方の役者絵を中心に収蔵・展示する浮世絵の美術館です。江戸時代後半の文化・文政期に人気を集めた三代目中村歌右衛門や七代目片岡仁左衛門などの役者絵を集めていて、4階建て、1フロアがおよそ60平方メートルのこぢんまりとした館内に、収蔵品のなかから30点ほどを展示しています。道頓堀の芝居小屋のにぎわいを感じてから、道頓堀へ向かいましょう。休館日は公式の案内で確かめてから訪れましょう。

上方浮世絵館から歩いて約5分、1日目の締めくくりは道頓堀です。道頓堀の名は、慶長17年(1612年)に私財をなげうって川を開削した安井道頓の名前に由来するとされます。のちに芝居や歌舞伎の娯楽の街として栄え、茶屋なども増えたのが、今の食とライブエンターテインメントの街のもとになりました。グリコサインは1935年に建てられてから長い歴史があり、今の看板は2014年10月に6代目として設置されたものです。巨大な立体看板が並び、川面の遊歩道・とんぼりリバーウオークも人気です。夕方のにぎわいを楽しみながら、1日目を締めくくりましょう。今夜は大阪に泊まります。

大阪府日帰り
大阪府日帰り
大阪府日帰り
大阪府日帰り