広島城と縮景園、広島藩の歴史と庭園を巡るプラン


旅の始まりは広島城です。天正17年(1589)、戦国武将・毛利輝元によって築城が始められた城で、完成後は「鯉城」の別名でも呼ばれ、安芸国・備後国を治める拠点となりました。当初の天守は5重5階の本丸に2つの小天守を従える壮麗な姿で、昭和6年(1931)には国宝に指定されましたが、昭和20年(1945)の原爆により、石垣を残してすべての建物が失われました。現在の天守は、昭和33年(1958)、広島復興大博覧会にあわせて外観復元されたものです。老朽化と耐震性の不足により、天守は令和8年(2026)3月に閉城し、現在は内部に入ることができませんが、史実に忠実に復元された外観は、今も引き続きご覧いただけます。木造での復元が検討されているほか、天守が担ってきた資料館としての役割は、三の丸に整備が進む「広島城三の丸歴史館」に引き継がれる予定です。二の丸に復元された表御門・平櫓・多聞櫓・太鼓櫓を見学でき、本丸に残る石垣や堀とあわせて、城跡を散策できます。天守を望みながら、城跡に残る歴史の足跡をたどってみましょう。この後は、歩いておよそ15分、縮景園へ向かいましょう。

広島城から歩いておよそ15分、縮景園に着きます。元和6年(1620)、広島藩の初代藩主・浅野長晟が別邸の庭園として築いた大名庭園で、千利休の茶の湯の系譜を引く家老・上田宗箇が作庭を手がけました。中国の景勝地・西湖の景観を縮めて取り入れたとも伝えられることから「縮景園」と名付けられたといわれています。歴代の藩主たちがそれぞれの時代に手を加え続け、正徳3年(1713)には園内の山や池、橋などに趣のある名前が付けられ、天明3年(1783)からは京都の庭師を招いて整備が重ねられました。大きな池を中心に、山や渓谷、田園風景まで凝縮したような、変化に富んだ景観を楽しめます。広島城の力強い歴史とはまた違う、大名庭園ならではの雅やかな趣を、ゆったりと散策して味わいましょう。この後は、歩いておよそ4分の広島県立美術館へ向かいましょう。
縮景園から歩いておよそ4分、隣接する広島県立美術館に着きます。昭和43年(1968)に開館し、平成8年(1996)にリニューアルオープンした美術館で、広島県ゆかりの美術作品や、日本とアジアの工芸作品、サルバドール・ダリの『ヴィーナスの夢』をはじめとする1920〜30年代の美術など、5,200点を超える作品を収蔵しています。ロビーや休憩室の大きな窓からは、隣の縮景園を庭園として取り込んだような眺めが広がり、「借景」を生かした美術館ならではの景色も見どころの一つです。浅野家の大名庭園と美術のひとときを、あわせて楽しんでみましょう。この後は、歩いておよそ10分、広島藩主・浅野家ゆかりの社寺が集まる二葉の里へ向かい、饒津神社へ向かいましょう。
広島県立美術館から歩いておよそ10分、広島城の鬼門にあたる二葉山のふもとに立つ饒津神社に着きます。宝永3年(1706)、広島藩主・浅野綱長が、藩祖・浅野長政の位牌堂を建てたのが始まりで、その後、天保6年(1835)に浅野斉粛が現在の場所に社殿を築いて「二葉御社」と称しました。明治6年(1873)に饒津神社と改められ、地元では「にぎつさん」の名で親しまれています。浅野長政・幸長・長晟という浅野家の歴代当主をまつる、広島藩ゆかりの神社です。参拝の際は、敬意を持ってお参りしましょう。この後は、歩いておよそ12分、広島東照宮へ向かいましょう。
饒津神社から歩いておよそ12分、二葉山の山麓の高台に立つ広島東照宮に着きます。徳川家康の33回忌にあたる慶安元年(1648)、当時の広島藩主・浅野光晟によって造営されました。光晟の生母は家康の三女・振姫にあたり、祖父にあたる家康の遺徳を敬うとともに、城下町の平和を願って神霊をまつったと伝えられています。境内までは51段の石段が続き、下の石鳥居には34基もの石灯籠が並んでいます。石段を上りきった先から見渡す景色も、この東照宮ならではの魅力です。参拝の際は、敬意を持ってお参りしましょう。この後は、歩いておよそ9分、国前寺へ向かいましょう。
広島東照宮から歩いておよそ9分、日蓮宗の由緒寺院、国前寺に着きます。暦応3年(1340)に「暁忍寺」として開かれたと伝わる古刹で、明暦2年(1656)、広島藩2代藩主・浅野光晟の正室、満姫の帰依を受けて浅野家の菩提寺となり、現在の寺号に改められました。本堂と庫裏は国の重要文化財に指定されており、江戸時代の寺院建築を今に伝えています。寺宝には、中国の高僧・鳩摩羅什の木像や、怪異譚『稲生物怪録』の主人公・稲生武太夫にまつわる品も伝わり、歴史と伝承の両方にふれられる寺として知られています。参拝の際は、敬意を持ってお参りしましょう。この後は、歩いておよそ4分、尾長天満宮へ向かいましょう。
国前寺から歩いておよそ4分、尾長天満宮に着きます。延喜元年(901年)、大宰府へ左遷される道中の菅原道真がこの尾長山(二葉山)のふもとに立ち寄ったという伝承に始まる古社です。久寿元年(1154年)には、安芸国守・平清盛が山中で暴風雨に遭った際に道真の加護を祈り、九死に一生を得たことから社殿を創建したと伝わります。鳥居をくぐると立派な隨神門があり、石段を上ると広島の街並みを少し見渡せます。原爆にも耐えた建物の一つとしても知られています。静かに、敬意をもってお参りください。この後は、歩いておよそ8分、聖光寺へ向かいましょう。
尾長天満宮から歩いておよそ8分、聖光寺に着きます。曹洞宗の寺院で、広島城を築いた毛利輝元が、天正17年(1589年)に築城の地を検分した際、この寺に立ち寄ったと伝わります。平成元年(1989年)には、高台に金色の聖観音像が建立されました。広島城から始まったこの日の旅を、築城ゆかりのこの寺で締めくくりましょう。静かに、敬意をもってお参りください。帰りは、JR広島駅や周辺のバス停から帰りましょう。旅はここで終わりです。

広島県・尾道3泊4日
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