眼鏡橋と長崎新地中華街、歴史とグルメを楽しむプラン

JR長崎駅から歩いて約15分。江戸時代に長崎奉行所の立山役所があった場所に、2005年に開館した博物館です。大航海時代から江戸時代、明治のはじめまで、朝鮮・オランダ・中国など海外との交流の中で育まれた長崎の歴史と文化を紹介しています。奉行所の建物の一部は、江戸時代の絵図や発掘の成果をもとに復元されていて、当時の役所の雰囲気を感じられます。休館日があるので、公式の案内で確かめてから訪れましょう。
長崎歴史文化博物館から歩いて約15分。元和6年(1620年)ごろ、中国から来た真圓がこの地に開いた小さなお堂が始まりとされ、日本で最初の唐寺、日本の黄檗宗が始まった地といわれるお寺です。寛永9年(1632年)に来日した黙子如定が2代住持となって寺を整え、如定はこのあと訪れる眼鏡橋を架けたことでも知られています。中国風の朱色の門や本堂に、長崎と中国の深いつながりを感じられます。今も祈りが続く場所ですので、静かに、敬意をもってお参りください。

興福寺から歩いて約10分、中島川に架かる眼鏡橋です。寛永11年(1634年)、興福寺の2代住持で、中国江西省から来た僧・黙子如定が架けたと伝えられ、日本で最も古いアーチ型の石橋とされています。それまで中島川の橋の多くは木の橋で、大雨のたびに流されていたため、如定の指導のもと、興福寺ゆかりの中国の人々の寄進で石橋が築かれたといわれます。2つのアーチが川面に映ると眼鏡のように見えることから、この名で呼ばれるようになりました。1960年に国の重要文化財に指定され、1982年の長崎大水害で一部が壊れたあと、元の姿に復元されています。川沿いの遊歩道から、水面に映るアーチを眺めてみましょう。
眼鏡橋から中島川に沿って歩いて約15分。1636年、江戸幕府がポルトガル人を住まわせるため、海に築いた扇形の人工の島です。その後、オランダ商館がここに移され、鎖国の時代にヨーロッパとの貿易の窓口として使われました。国の史跡で、商館長の住まいや倉庫などの建物が、長い年月をかけて当時の姿に復元されています。建物をめぐりながら、オランダの人々がこの小さな島でどのように暮らしていたかを感じてみましょう。
中華街から歩いて約10分。元禄2年(1689年)、長崎に来る中国の人々を一か所に住まわせるために造られた唐人屋敷の跡です。それまで町のあちこちで暮らしていた中国の人々は、この屋敷の中で暮らすことになりました。今は土神堂や天后堂などのお堂が残り、細い坂道と石段の続く町並みに、当時の面影をしのべます。お堂は祈りの場ですので、静かに、敬意をもって見学しましょう。住宅地の中なので、住まいの方の迷惑にならないよう静かに歩きましょう。
唐人屋敷跡から歩いて約15分。1629年、中国の福州から来た僧・超然によって開かれた唐寺で、「福州寺」とも呼ばれてきました。竜宮城を思わせる朱色の三門をくぐった先の第一峰門と大雄宝殿は、国宝に指定されています。とくに第一峰門は、細かく組み上げられた軒下の組物や鮮やかな彩色が見どころ。中国の建築の技を今に伝えるお寺です。今も祈りが続く場所ですので、静かに、敬意をもってお参りください。
崇福寺から歩いて約20分。1893年(明治26年)に、中国の清朝政府と長崎で暮らす中国の人々によって建てられた孔子廟です。鮮やかな黄色の瓦屋根の建物が並び、境内には孔子の弟子たちの石像が並んでいます。併設の中国歴代博物館では、中国の博物館が所蔵する文物を見ることができます。中国とのつながりをたどってきた一日の締めくくりにふさわしい場所です。祈りの場でもありますので、静かに、敬意をもって見学しましょう。

長崎県・五島列島1泊2日
長崎県・五島列島日帰り
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