天赦園と九島、宇和島藩主の庭園と離島風景を楽しむ1泊2日


JR宇和島駅に10時半ごろ着いたら、歩いておよそ21分で天赦園に着きます。宇和島藩2代藩主・伊達宗利が海を埋め立てて築いた「浜御殿」を起源とする庭園です。寛文12年(1672)に築かれ、文久3年(1863)、のちに百歳近くまで長生きしたことで知られる7代藩主・伊達宗紀が隠居後の住まいとして移り住み、慶応2年(1866)、現在の池泉回遊式庭園が完成しました。「天赦園」という名は、藩祖・伊達政宗が隠居後に詠んだ漢詩「馬上少年過ぐ 世は平にして白髪多し 残躯は天の赦す所 楽しまずして是を如何せん」にちなんで名付けられたと伝えられています。園内には、伊達家の家紋「竹に雀」にちなんで多くの竹が植えられ、藤棚や花菖蒲も見事で、国の名勝に指定されています。この後は、歩いておよそ3分、宇和島市立伊達博物館へ向かいましょう。
天赦園から歩いておよそ3分、宇和島市立伊達博物館に着きます。伊達家に伝わる武具甲冑や書画、陶磁器、衣装などを展示しており、なかでも婚礼調度品の展示が充実しています。伊達家ゆかりの品々を通して、宇和島藩の歴史に触れることができます。休館日は公式サイトで確かめてから訪れましょう。この後は、歩いておよそ9分、堀端通りのまわりへ向かいましょう。
伊達博物館から歩いておよそ9分。宇和島の町なかで、まわりには食事処もあるので、ここで昼食をとりましょう。食事を終えたら、歩いておよそ11分、宇和津彦神社へ向かいましょう。
堀端通りのまわりから歩いておよそ11分、宇和津彦神社に着きます。祭神は宇和津彦命ほか二柱で、創建の年代ははっきりしませんが、平安時代の記録にすでにその名が見えます。寛永9年(1632)、初代宇和島藩主・伊達秀宗が城下を整えた際、この地に社を建てて遷座し、藩の一の宮と定めたと伝わります。今も祈りが続く場所ですので、静かに、敬意をもってお参りしましょう。この後は、歩いておよそ5分、等覚寺へ向かいましょう。
宇和津彦神社から歩いておよそ5分、等覚寺に着きます。龍華山等覚寺といい、大隆寺とともに宇和島藩主伊達家の菩提寺です。初代藩主・伊達秀宗の没後、2代から4代までの藩主がこの寺に葬られ、以来、6代・8代の藩主も等覚寺に葬られました。歴代藩主の墓所は、市の史跡に指定されています。今も祈りが続く場所ですので、静かに、敬意をもってお参りしましょう。この後は、歩いておよそ5分、大隆寺へ向かいましょう。
等覚寺から歩いておよそ5分、大隆寺に着きます。金剛山大隆寺といい、もとは正眼院という名でしたが、5代藩主・伊達村候が生前から自らの墓所と定めていたことから、没後にその法名にちなんで大隆寺と改められました。以来、7代・9代の藩主もこの寺に葬られ、等覚寺とあわせて歴代藩主の墓所は市の史跡に指定されています。今も祈りが続く場所ですので、静かに、敬意をもってお参りしましょう。この後は、歩いておよそ20分、桑折氏武家長屋門へ向かいましょう。
大隆寺から歩いておよそ20分、桑折氏武家長屋門に着きます。江戸時代、宇和島藩の家老を務めた桑折氏の屋敷の長屋門で、江戸中期の建造と考えられています。腰板などは奥州から取り寄せたと伝わります。戦後の道路拡張にともない、桑折家から市に寄付され、昭和27年(1952)に現在地へ移築されました。移築にあたって左側の大部分が切り取られたため、往時よりも規模は小さくなっていますが、右側には馬屋、左側には門番や使用人の部屋があった、当時の武家屋敷のつくりをしのぶことができます。この後は、歩いておよそ17分、和霊神社へ向かいましょう。

桑折氏武家長屋門から歩いておよそ17分、和霊神社に着きます。漁業をはじめとする産業の神として、中四国に広く信仰を集める和霊信仰の総本山です。祭神の山家清兵衛は、初代藩主・伊達秀宗のもとで産業の振興や民政の安定に力を尽くした家老でした。大鳥居をくぐり、太鼓橋を渡った先の随神門には、日本最大級ともいわれる「おたふく」「たかはな」の面が掲げられ、入母屋造の本殿が静かなたたずまいを見せています。今も祈りが続く場所ですので、静かに、敬意をもってお参りしましょう。この夜は、歩いておよそ11分の宇和島駅のまわりの宿に泊まりましょう。

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