琉球王国の歴史を感じる、那覇の「今」を巡る旅

那覇空港駅に10時半ごろ着いたら、ゆいレールでおよそ16分の牧志駅へ。駅から歩いておよそ9分、壺屋(つぼや)やちむん通りに着きます。「やちむん」とは沖縄の言葉で「焼き物」を意味し、この一帯は壺屋焼の産地として知られています。始まりは1682年、琉球王府が県内各地に散らばっていた知花・宝口・湧田などの窯場をこの壺屋の地に統合したことにさかのぼり、壺屋焼はそれ以来330年以上の歴史を持つ、国の伝統的工芸品にも指定されたやきものです。通りには琉球石灰岩の石畳が約400メートルにわたって敷かれ、その両側に陶芸工房やギャラリーが軒を連ねています。実はこのあたりは沖縄戦の戦禍を比較的免れた地域とされていて、古い登り窯や古民家など戦前の面影が残る、那覇では珍しいエリアでもあります。お気に入りの器を探しながら、昔ながらの路地の雰囲気もあわせて楽しみましょう。この後は、歩いておよそ6分、平和通り商店街へ向かいましょう。
壺屋やちむん通りから歩いておよそ6分、平和通り商店街に着きます。戦後、開南から牧志にかけて自然に生まれた露店の市場が始まりとされ、昭和26年(1951)、一般公募により「平和通り商店街」と名付けられました。名前には、平和な世の中への願いと、通りの入口にあった映画館「平和館」にちなんだ思いが込められているといわれています。1982年にはアーケードが完成し、雨の日でも歩きやすい商店街として、多くの人でにぎわうようになりました。衣料品店や雑貨店、食堂などが軒を連ねる、地元の暮らしが感じられる通りを歩いてみましょう。この後は、歩いておよそ2分、第一牧志公設市場へ向かいましょう。

平和通り商店街から歩いておよそ2分、「県民の台所」とも呼ばれる第一牧志公設市場に着きます。老朽化のため2019年から仮設店舗での営業が続いていましたが、2023年3月に元の場所で新しい建物としてグランドオープンしました。1階には精肉店や鮮魚店など生鮮食品を扱うお店が並び、2階には沖縄グルメを楽しめる飲食店街が集まっています。この市場ならではの楽しみ方が「持ち上げ(持ち上がり)」と呼ばれるスタイルで、1階で買った鮮魚などを2階のお店に持ち込み、調理してもらって味わうことができます。新しくできた3階には調理体験室や多目的室もあり、観光客だけでなく地域の人々にも使われています。ここで、那覇の食文化を感じながら昼食をとりましょう。食事を終えたら、歩いておよそ27分、海のそばの対馬丸記念館へ向かいましょう。
第一牧志公設市場から歩いておよそ27分、対馬丸記念館に着きます。太平洋戦争末期の1944年8月、学童疎開のため多くの子どもたちを乗せて那覇を出港した「対馬丸」は、翌日夜に米潜水艦の攻撃を受けて沈没し、疎開の学童784人を含む、対馬丸記念館の調べで名前が分かっている人だけで1,484人(2024年8月22日時点)が犠牲になったとされています。この記念館は2004年に開館し、当時の資料や証言をとおして、この出来事と平和の大切さを伝えています。館内では、犠牲になった子どもたちに思いを寄せましょう。慰霊の場でもあるので、静かに、敬意をもって見学しましょう。この後は、歩いておよそ4分、波上宮へ向かいましょう。
対馬丸記念館から歩いておよそ4分、波上宮(なみのうえぐう)に着きます。琉球王国時代に篤く信仰された「琉球八社」の第一に位置づけられた神社で、地元では「なんみんさん」の愛称で親しまれ、沖縄総鎮守とされています。創建の年代ははっきりとしませんが、海の彼方の神々の国(ニライカナイ)への信仰にもとづき、崎山の里主という人物が授かった神託により、この波の上の崖に社が建てられたと伝えられています。琉球王も自ら正月に参拝したというこの神社は、今も「当国第一の神社」として大切にされています。今も祈りが続く場所ですので、静かに、敬意をもってお参りしましょう。この後は、歩いておよそ10分、この神社の名の由来にもなった波の上ビーチへ向かいましょう。

波上宮から歩いておよそ10分、波の上ビーチに着きます。1991年に若狭側が、1999年4月には辻側も供用開始された、那覇市内では珍しい人工ビーチ(海水浴場)です。「波の上」という名前は、隣接する波上宮(なみのうえぐう)に由来しています。那覇空港から車で約15分というアクセスの良さもあって、地元の人だけでなく観光客にも人気の都市型ビーチです。2001年には県内で初めてバリアフリービーチを目指した取り組みとして、身体障害者用の設備が整備されたとされています。夕暮れどきには海の向こうに沈む夕日を眺めることもできます。海風に吹かれながらひと休みしたら、歩いておよそ12分、福州園へ向かいましょう。
波の上ビーチから歩いておよそ12分、1日目最後は福州園です。那覇市制70周年と、那覇市と中国・福建省福州市との友好都市締結10周年を記念して、平成4年(1992)に開園した中国式庭園です。この一帯の久米は、琉球王国の時代に中国からの渡来人が住み着いてできた「久米村(くにんだ)」にあたり、中国語や外交文書の作成、航海術などを通じて、琉球王国の外交と交易を支えた人々が暮らした町でした。庭園の資材や建造物、彫刻の多くは福州から運ばれ、福州の職人の手によって組み立てられており、中心の池「欧治池」を囲む独特の石積みなど、日本庭園とはひと味違う異国情緒を味わえます。夜にはライトアップされることもあり、久米の歴史に思いを馳せながら、1日目の旅を締めくくりましょう。この夜は、福州園のまわりの宿に泊まりましょう。

沖縄県・石垣島・宮古島2泊3日
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