朝から夜まで満喫、京都の「和」を味わい尽くすプラン


町家が並ぶ風情ある通りです。もとは建仁寺の敷地でしたが、明治6〜7年(1873〜74年)ごろ、祇園甲部のお茶屋組合がこの土地を譲り受けたのが花街としての始まりと伝えられています。JR京都駅に10時30分ごろ着いたら、市バスで約20分の「祇園」で降り、歩いて約3分の祇園花見小路へ。紅殻格子と犬矢来が続くお茶屋建築の町並みは、今も景観保全地区として大切に守られ、1日の始まりにふさわしい祇園情緒を味わえます。舞妓さんを見かけても、呼び止めたり無断で撮影したりせず、そっと見守るのがマナーです。「私道」の表示がある路地には入らないようにしましょう。
八坂神社から歩いておよそ7分、知恩院に着きます。承安5年(1175)、浄土宗を開いた法然上人が、東山の吉水に草庵を結んだのが始まりとされ、法然が念仏の教えを説いた発祥の地とされています。江戸幕府を開いた徳川家の菩提寺でもあり、二代将軍・徳川秀忠が建立したと伝わる三門は、高さ24mにおよぶ現存する木造二重門としては日本最大級とされ、国宝に指定されています。境内には、重さ70トンを超え「日本三大梵鐘」の一つともいわれる大鐘楼もあり、大晦日の除夜の鐘には17人がかりで撞き鳴らす、京都の年越しの風物詩としても知られています。今も多くの僧侶が修行する場ですので、境内では静かに、敬意をもって過ごしましょう。このあたりで、昼食にしましょう。この後は、青蓮院へ向かいましょう。
知恩院から歩いておよそ9分、青蓮院に着きます。天台宗の祖・最澄が比叡山に築いた住坊のひとつ「青蓮坊」を起源とすると伝えられ、平安時代末期、鳥羽法皇の皇子が門主として入寺して以降、皇族や摂関家の子弟が代々門主を務める格式の高い「門跡寺院」となりました。江戸時代には仮御所となったことがあり、「粟田御所」とも呼ばれています。小堀遠州や相阿弥の作と伝わる池泉回遊式庭園があり、宸殿や華頂殿など、寺院でありながら御所のような趣を感じられる建物が並びます。今も法要が営まれる寺院ですので、境内では静かに、敬意をもって過ごしましょう。この後は、円山公園へ向かいましょう。

京都で最も古い公園として知られ、しだれ桜の名所でもあります。園内にある安養寺の山号「慈円山」にちなんで名づけられたと伝えられ、1886年(明治19年)の開園にあたっては、近代日本庭園の先駆者・7代目小川治兵衛が作庭を手がけたといわれています。名物のしだれ桜は代替わりした2代目で、今も多くの参拝者や観光客の目を楽しませています。隣接する八坂神社とあわせて、ゆったり歩いてみましょう。
円山公園から歩いておよそ5分、高台寺に着きます。慶長11年(1606)、豊臣秀吉の正室・北政所ねねが、秀吉の菩提を弔うために建てた寺です。徳川家康が財政面で援助したと伝えられ、創建当時の姿を伝える開山堂・霊屋・傘亭・時雨亭などが重要文化財に指定されています。霊屋の厨子に施された蒔絵は「高台寺蒔絵」と呼ばれ、桃山時代を代表する漆工芸として知られています。紅葉と池が織りなす庭園は小堀遠州の作と伝えられ、四季を通じて美しい景色を見せてくれます。今も法要が営まれるお寺ですので、境内では静かに、敬意をもって過ごしましょう。この後は、三年坂を歩いてみましょう。
高台寺から歩いておよそ7分、三年坂(産寧坂)に着きます。大同3年(808)に整備されたことから「三年坂」と呼ばれるようになったと伝えられ、清水寺の子安観音への安産祈願の参道であったことから「産寧坂」とも呼ばれています。江戸時代から続くという石畳の坂道の両側には、町家を生かした土産物店や甘味処が軒を連ね、京都らしい風情を今に伝えています。「転ぶと二年(三年)以内によくないことが起こる」という言い伝えもありますが、これは足元に気をつけるようにという昔からの注意喚起が語り継がれたものといわれています。石畳につまずかないよう、足元に気をつけながら散策を楽しみましょう。

カラフルなくくり猿が並ぶ、写真映えで人気のお堂です。平安時代中期の960年、浄蔵貴所という僧が建てたと伝えられ、庚申の夜は眠らず慎ましく過ごすという中国由来の「庚申信仰」の中心地とされてきました。手足をくくられた猿の姿をした「くくり猿」に、欲望を一つ我慢する誓いを込めて奉納すると、願いがかなうといわれています。参拝の際は、静かに、敬意をもって過ごしましょう。カラフルな境内を眺めながら、東山さんぽの1日目を締めくくりましょう。この夜は、京都市内の宿に泊まりましょう。

京都府日帰り
京都府・伏見・宇治1泊2日
京都府日帰り
京都府1泊2日
