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鶴ヶ城と七日町通り、定番の会津若松さんぽ日帰りプラン

しおりえ編集部
さんの投稿・2026/09/24 公開・更新日: 2026年10月30日
鶴ヶ城と七日町通り、定番の会津若松さんぽ日帰りプラン
写真: くろふね / CC BY 4.0 (出典)
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赤瓦の天守閣がそびえる鶴ヶ城と千家ゆかりの茶室麟閣、大名庭園の御薬園をめぐり、会津武家屋敷で武家の暮らしにふれて昼食を。白虎隊ゆかりの飯盛山とさざえ堂を訪ね、最後はレトロな七日町通りでお土産探し。会津若松の歴史と町並みを車でめぐる日帰りプランです。
Day1鶴ヶ城 → 茶室麟閣 → 御薬園 → 会津武家屋敷(昼食) → 飯盛山(白虎隊十九士の墓) → さざえ堂 → 七日町通り
訪問スポット数: 7箇所総移動時間: 約1時間15分主な移動手段: 徒歩・車
1
9:00
鶴ヶ城
写真: くろふね / CC BY 4.0 (出典)
鶴ヶ城
滞在 約80分

約630年前に葦名直盛が築いた東黒川館が始まりといわれる城で、蒲生氏郷が会津の領主となったあと、文禄2年(1593年)に天守閣が完成し、黒川の地名を若松に改めました。幕末の戊辰戦争では、約1か月に及ぶ激しい攻防戦に耐えた名城として知られています。明治7年に取り壊されましたが、昭和40年に再建され、平成23年に赤瓦の姿となりました。国内唯一の赤瓦の天守閣とされ、内部は郷土博物館になっていて、会津の歴史にふれられます。約1,000本の桜に包まれる城としても知られています。

住所: 会津若松市追手町1-1
徒歩約5分
2
10:25
茶室麟閣
滞在 約30分

天守閣から歩いてすぐ、千家ゆかりの茶室です。天正19年(1591年)、千利休が豊臣秀吉に死を命じられたとき、利休の茶道が絶えるのを惜しんだ会津城主・蒲生氏郷が、利休の子・少庵を会津にかくまい、徳川家康とともに秀吉に千家の再興を願い出ました。そのときに建てたのがこの麟閣と伝えられています。少庵はのちに許されて京都へ帰り、千家を再興しました。

住所: 福島県会津若松市追手町1-1(鶴ヶ城城址公園内)
車約15分
3
11:10
御薬園
滞在 約45分

鶴ヶ城から車で約15分。約600年前の室町時代、会津守護職の葦名盛久が、霊泉の湧くこの地に別荘を建てたのが始まりとされる庭園です。会津松平藩の藩祖・保科正之が大名庭園として整え、2代藩主の正経は、疫病から領民を救うための薬草の研究に薬草園を設けました。戊辰戦争のときには、ここで新政府軍の病人の治療も行ったため、戦火に巻き込まれずに往時の姿をとどめています。江戸時代の代表的な大名型山水庭園として、国の名勝に指定されています。

住所: 福島県会津若松市花春町8-1
車約15分
4
12:15
会津武家屋敷(昼食)
滞在 約90分

御薬園から車で約15分。西郷頼母邸を中心に、家老屋敷や中畑陣屋など数々の重要文化財から、武家の時代の暮らしをしのべる施設です。館内には音声ガイドがあり、展示内容を分かりやすく解説しています。お食事処もあるので、ここで昼食にしましょう。歴史的な建物のゾーンには階段や敷石、段差があるので、足元に気をつけて歩きましょう。

住所: 福島県会津若松市東山町大字石山字院内1
車約20分
5
14:05
飯盛山(白虎隊十九士の墓)
滞在 約45分

武家屋敷から車で約20分。墓所へは急な石段を上るので、足元に気をつけて歩きましょう(石段のわきにはスロープコンベアもあります)。戊辰戦争のとき、会津藩の若い藩士たちで編成された白虎士中二番隊は、戸の口原の合戦場から退き、この飯盛山にたどり着きました。山の中腹には、戊辰戦争で亡くなった白虎隊士の墓が並びます。のちに隊士の一人、飯沼貞吉が語り残したことで、その物語は広く知られるようになりました。墓前では、春と秋に墓前祭が行われます。墓所は祈りの場ですので、静かに、敬意をもってお参りください。

住所: 福島県会津若松市一箕町八幡弁天下
徒歩約5分
6
14:55
さざえ堂
写真: Σ64 / CC BY 3.0 (出典)
さざえ堂
滞在 約30分

白虎隊士の墓から歩いて約5分。寛政8年(1796年)に建てられた、高さ16.5m、六角三層のお堂で、正式名称は「円通三匝堂」といいます。当時飯盛山にあった正宗寺の住職・郁堂が考案した建物で、かつては二重らせんのスロープに沿って西国三十三観音像が安置され、お参りすると三十三観音参りができるといわれていました。上りと下りがまったく別の通路になった一方通行の造りで、国の重要文化財に指定されています。静かに、敬意をもってお参りしましょう。

住所: 福島県会津若松市一箕町八幡弁天下
車約15分
7
15:40
七日町通り
滞在 約55分

飯盛山から車で約15分。毎月七の日に市が立ったのが名前の由来で、藩政時代には会津若松の西の玄関口としてにぎわった通りです。今も蔵造りの店や洋館が軒を連ねるレトロな町並みで、近くの野口英世青春通りとともに、会津の民工芸品の店や酒蔵が並びます。旅の最後に、会津のお土産を選びましょう。お酒は20歳から。車を運転する人は、お酒を飲んではいけません。

住所: 会津若松市七日町
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