なかはくと闇無浜神社、中津の歴史と信仰を深掘りする1泊2日

この旅は車と歩きでめぐります。JR中津駅に11時ごろ着いたら、駅の近くでレンタカーを借りて(手続きに15分ほど)、車で約12分。旅の始まりは、大貞神社とも呼ばれる薦神社から。全国八幡宮の総本宮である宇佐神宮の祖宮といわれる神社で、承和年中(834〜848年)に初めて社殿が造られたとされます。本殿の裏にある三角池(みすみいけ)は、池そのものがご神体です。昔はこの池に生える真薦(まこも)という植物を枕の形に編んで、宇佐神宮のご神体の御験にしていました。江戸時代初期の珍しい形式の神門は、国の重要文化財に指定されています。例年9月には仲秋祭、11月には菊花展が行われます。今も祈りが続く場所ですので、静かに、敬意をもってお参りください。
薦神社から車で約15分。「なかはく」の愛称で親しまれる中津市歴史博物館は、黒田官兵衛が築いた九州最古の近世城郭とされる中津城の石垣を館内から眺められるよう、石垣側の壁を総ガラス張りにした博物館です。中津の古代から近世までをたどる常設展示や企画展示の展示室のほか、体験学習ができるプレイスタジオ、中津城の石垣や日本遺産についての映像を見られる石垣シアターがあります。石垣とお城を望むカフェでひと休みもできます。城下町めぐりに便利なレンタサイクルも置かれています。
なかはくから歩いて約3分。明治20年(1887年)、パリ外国宣教会のベレール神父が最初の洗礼を行い、中津小教区が設けられました。今の聖堂は昭和13年(1938年)に建てられたもので、昭和57年(1982年)には、イタリア生まれのセッキ神父が窓ガラスをイタリアから取り寄せ、色鮮やかなステンドグラスに改めました。48枚のステンドグラスには、「中津の殉教者」や「細川ガラシャの信仰」など、中津にゆかりのある題材も描かれています。教会の行事があるときは見学できないことがあります。今も祈りが続く場所ですので、静かに、敬意をもって見学しましょう。このあと、城下町で昼食にしましょう。
中津カトリック教会から歩いて約3分。中津城の城下町のあたりで、昼食にしましょう。
昼食のあとは、歩いて約8分の自性寺へ。境内の大雅堂には、雪舟・光琳とともに日本三大画家と称される池大雅の書画47点が常設展示されていて、そのうち46点は県の重要文化財です。池大雅の書画をこれだけの数、常設で展示しているのは日本でここだけとされています。1階には寺宝も並びます。境内には、「ペースメーカーの父」ともいわれる田原淳の墓(碑)や、城下を囲んだ土塁「おかこい山」(県指定)も残っています。寺院の行事で休館することがあります。今も祈りが続く場所ですので、静かに、敬意をもってお参りください。
自性寺から歩いて約10分。村上医家は、初代の宗伯が寛永17年(1640年)に諸町で医院を開いて以来、今も医家として続く家で、数千点におよぶ医学などの資料が残されています。その所蔵品と建物をもとに開かれた史料館で、村上医家の史料や、人体解剖に至るまでの医学の流れを中心に展示しています。前野良澤や福澤諭吉を生んだ中津の学問の歴史にふれられます。
村上医家史料館から歩いて約10分、寺が並ぶ寺町へ。円応寺は、黒田官兵衛が開いた寺で、真誉上人が開山したと伝えられています。仏門に入って寺を火事から守ったという河童の話が残っていて、境内には河童の墓や、河童の池と伝わるものもあります。今も祈りが続く場所ですので、静かに、敬意をもってお参りください。まわりは住宅地なので、静かに歩きましょう。今夜は中津の町に泊まります。

大分県・由布院1泊2日
大分県・中津日帰り
大分県・中津日帰り
大分県・由布院1泊2日