酒蔵と源氏物語の里を巡る、伏見・宇治ゆったり旅


京都駅に10時30分ごろ着いたら、地下鉄で竹田駅へ(およそ7分)、歩いておよそ20分で、旅の始まりの城南宮に着きます。平安京への遷都に際し、都の安泰と国の守護を願って、国常立尊を八千矛神と息長帯日売尊にあわせてまつり、城南大神とあがめたのが始まりと伝えられます。城南宮とは「平安城の南に鎮まるお宮」という意味です。平安時代後期には、白河上皇や鳥羽上皇が城南宮を取り囲むように城南離宮(鳥羽離宮)を造営して院政の拠点とし、方除けの神としての信仰は平安時代から続いています。神苑「楽水苑」には『源氏物語』に描かれた80種あまりの草木が植えられ、「源氏物語花の庭」として親しまれています。神苑の拝観時間は公式の案内で確かめましょう。今も祈りが続く場所ですので、静かに、敬意をもってお参りしましょう。

城南宮から竹田駅へ歩いておよそ20分、電車でおよそ5分の桃山御陵前駅へ。「ごこんさん」と呼ばれ、旧伏見町一帯の氏神として親しまれている神社で、安産・子育ての神として知られる神功皇后を主祭神としてまつっています。創建の年はわかっていませんが、社伝では貞観4年(862年)、境内から香りのよい水が湧き出たことから、清和天皇から「御香宮」の名を賜ったとされます。この「御香水」は伏見の七名水のひとつに数えられ、昭和60年(1985年)には環境庁(今の環境省)の名水百選に選ばれました。徳川家康の命で慶長10年(1605年)に建てられた本殿は、国の重要文化財です。今も祈りが続く場所ですので、静かに、敬意をもってお参りしましょう。
御香宮神社から歩いて約20分。明治45年(1912年)に崩御した明治天皇の陵で、その年のうちに陵墓の工事が終わりました。陵の形は上円下方墳で、場所は旧伏見城の本丸跡にあたります。東側には昭憲皇太后の桃山東陵があります。参拝できる時間は宮内庁の案内で確かめ、歩きやすい靴で出かけましょう。お墓のまわりでは、静かに過ごしましょう。この後は、歩いておよそ34分、竜馬通り商店街のあたりへ向かい、昼食にしましょう。
伏見桃山陵から歩いておよそ34分、坂本龍馬ゆかりの竜馬通り商店街のあたりに着きます。寺田屋のすぐそばに続くアーケードの商店街で、カフェや居酒屋など食事処が点在しています。ここで昼食にしましょう。腹ごしらえをしたら、歩いておよそ7分、月桂冠大倉記念館へ向かいましょう。
記念館から歩いておよそ5分の、伏見の船宿です。文久2年(1862年)、薩摩藩の急進派の藩士たちがここに集まり、鎮圧に向かった藩士たちとの乱闘になった「寺田屋騒動」の舞台として知られます。慶応2年(1866年)には、泊まっていた坂本龍馬が伏見奉行所の捕り方に襲われましたが、難を逃れました。寺田屋は鳥羽伏見の戦い(1868年)で焼け、今の建物はその後に再建されたものです。見学できる時間は公式の案内で確かめましょう。
寺田屋から歩いておよそ10分、月桂冠大倉記念館の裏の乗船場へ。十石舟は、酒蔵や古い町並みが連なる川を進み、三栖閘門まで往復する遊覧船です(往復約55分)。途中で舟を降りて、昭和4年(1929年)につくられた三栖閘門を見学してから戻ります。港町伏見は豊臣秀吉がその基礎をつくったとされ、かつては水運で栄えました。運航は例年3月〜12月ごろ(8月は一部の期間のみ)で、運休の日もあります。出航の時間とあわせて公式の案内で確かめ、予約してから出かけましょう。
十石舟の乗船場から歩いておよそ5分。「島の弁天さん」と親しまれる真言宗醍醐派の寺で、元禄12年(1699年)、伏見奉行の建部政宇が中書島を開発したときに創建されました。京都で本尊が弁財天という寺はここだけとされ、脇仏は珍しい裸形弁財天です。桜の名所としても知られています。今も祈りが続く場所ですので、静かに、敬意をもってお参りしましょう。この夜は、歩いておよそ5分の中書島駅から、伏見のあたりの宿に泊まりましょう。

京都府日帰り
京都府・伏見・宇治1泊2日
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京都府1泊2日