ならまちの古寺と西ノ京・平城宮跡をめぐる奈良1泊2日


この旅は電車とバス、歩きでめぐります。近鉄奈良駅に10時40分ごろ着いたら、歩いて約5分。南都七大寺の中でも、とくに奈良の町と深く結びついて発展した寺といわれます。1180年の南都焼き討ちで多くのお堂を失いましたが、すぐに建て直され、鎌倉時代には大和の国を実質的に治めるほどの力を持ちました。国宝館には、八部衆の一体で、奈良時代に漆で形づくられた高さ約153cmの阿修羅像をはじめ、天平と鎌倉の時代の仏像が並びます。五重塔は今、修理中です。今も祈りが続く場所ですので、静かに、敬意をもってお参りしましょう。
興福寺から南へ、ならまちの入り口へ歩いて約11分。かな書の第一人者とされ、かな書の分野で初めて文化勲章を受けたといわれる書家・杉岡華邨(1913〜2012)の作品を伝えるために開かれた、書道専門の美術館です。平安時代に完成した日本独自の文字「かな」を、現代の造形芸術として洗練させた作品が並びます。「絵を見るように眺めて欲しい」という本人の言葉のとおり、文字の形と余白をゆっくり眺めましょう。休館日は公式の案内で確かめましょう。
美術館から歩いて約4分。大正6年(1917年)に古物商が建てた町家で、「表屋造」と呼ばれる造りの家です(蔵は江戸時代のもの)。茶室や15帖の広い座敷、金箔を張った仏間、襖絵などの意匠が見られ、登録有形文化財になっています。今は、二十四節気に合わせて、季節の町家の暮らしを伝える場になっています。休館日は公式の案内で確かめましょう。
にぎわいの家から歩いて約2分。ならまちは、社寺のまちから商いのまち、そして観光のまちへと移り変わってきた地区で、江戸時代から明治時代の町家や寺が今も残ります。町家を改めた店の中には、食事のとれる店も点在しているので、ここで昼食にしましょう。通りの庚申堂は、青面金剛をまつる、奈良の庚申信仰の拠点です。今も人が暮らしている町なので、静かに歩きましょう。
ならまちを東へ歩いて約5分。寺伝では、奈良時代に元正天皇の勅願で建てられ、元興寺の子院の一つだったとされる寺です。国宝の本堂の中には、仏像を納める厨子を石でつくった「石仏龕」(重要文化財)があり、その内側に地蔵菩薩や釈迦如来、弥勒菩薩などが浮彫りで表されています。めずらしい形の石仏を、間近で拝みましょう。今も祈りが続く場所ですので、静かに、敬意をもってお参りしましょう。
十輪院から西へ歩いて約5分。かつては今のならまちの大部分を占めた大寺で、今は僧坊の一部を改めた極楽堂と禅室が残ります。中世から庶民の信仰を集め、境内からは数えきれないほどの石仏や民俗資料が見つかりました。法輪館には、奈良時代の木造の五重小塔(国宝)が納められ、昔の塔の姿を今に伝えています。今も祈りが続く場所ですので、静かに、敬意をもってお参りしましょう。
元興寺から東へ、高畑の町を歩いて約24分。本堂の中には円形の土壇が築かれ、中央の本尊・薬師如来坐像(国宝)を、十二神将立像が囲んでいます。十二神将は土でつくられた塑像で、奈良時代のものとしては日本で最も古く大きいとされます。東門や南門、鐘楼、地蔵堂は鎌倉時代の建物で、重要文化財です。今も祈りが続く場所ですので、静かに、敬意をもってお参りしましょう。
新薬師寺から南へ歩いて約15分。高円山の西のふもとの高台に建つ寺で、境内からは奈良の町を見渡せます。天智天皇の子・志貴皇子の山荘の跡に建てられたという言い伝えがあり、鎌倉時代に叡尊によって建て直されました。中国から伝わった一切経を納めたことから「一切経寺」とも呼ばれ、宝蔵には重要文化財の仏像8体がまつられています。奈良三名椿の一つとされる五色椿の古木があり、秋には参道の石段を萩が彩ります。石段は長いので、足元に気をつけましょう。今も祈りが続く場所ですので、静かに、敬意をもってお参りしましょう。この日は、奈良市内の宿に泊まりましょう。

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