笠原水道と徳川ミュージアム、水戸黄門の足跡をたどる歴史日帰り旅


水戸駅からバスで15分ほど、偕楽園の西に立つ徳川ミュージアムは、水戸徳川家13代当主・徳川圀順(くにゆき)公が、家に伝わる大名道具や古文書を寄贈して、昭和52年(1977)に開館した私立博物館です。所蔵品は、初代藩主・頼房公や、2代藩主で「水戸黄門」として知られる光圀公をはじめ、歴代藩主とその家族が愛用した品々、およそ3万点にもおよびます。あわせて、光圀公が編纂を命じた歴史書『大日本史』の草稿本や、編纂のために全国から集められた古文書も収蔵されています。歴代藩主の息づかいが感じられる品々の数々を、じっくりと眺めてみましょう。続いては、歩いておよそ15分の常磐神社へ向かいましょう。

徳川ミュージアムからは歩いておよそ15分です。常磐神社は、水戸黄門として親しまれる2代藩主・徳川光圀公と、偕楽園を造った9代藩主・徳川斉昭公、この2人の藩主の徳を慕った水戸藩士たちが、明治のはじめに偕楽園の中に祠を建てたのが始まりと伝えられています。明治6年(1873)、朝廷から「常磐神社」の社号を賜り、翌年、現在の場所に社殿が造営されました。昭和20年(1945)の戦災で本殿などを焼失しましたが、昭和33年(1958)に現在の社殿が完成し、戦火を免れた能楽殿も境内に残っています。水戸藩の礎を築いた2人の名君をまつるこの神社で、静かに、敬意をもって手を合わせてみましょう。続いては、バスでおよそ20分の水戸東照宮へ向かいましょう。
常磐神社からは、関東鉄道か茨城交通のバスでおよそ20分です。到着したら、まずこのあたりで昼食をとりましょう。水戸東照宮は、元和7年(1621)、水戸藩初代藩主・徳川頼房公が、徳川家康公を祀るために創建した神社です。地元では「権現さん」の愛称で親しまれています。境内には、頼房公が奉納した銅灯籠や、光圀公が造らせた常葉山時鐘のほか、9代藩主・徳川斉昭公が考案した「安神車」も残されています。安神車は、幕末の水戸藩が軍備増強のために製造した装置の一つで、現存する日本最古の鉄製戦車といわれ、水戸市の指定文化財となっています。静かに、敬意をもってお参りください。歴代藩主ゆかりの品々を眺めてみましょう。続いては、歩いておよそ8分の弘道館へ向かいましょう。
水戸東照宮からは歩いておよそ8分です。弘道館は、天保12年(1841)、水戸藩9代藩主・徳川斉昭公が開設した藩校です。日本最大規模の藩校だったとされ、文武両道の教育に加え、医学や天文学なども教えられていました。正門、正庁、至善堂の3棟は国の重要文化財に指定されており、正庁の畳敷きの大広間からは、藩校としての格式の高さがうかがえます。敷地内にはおよそ60品種800本の梅が植えられており、早春には「梅の名所」としても多くの人で賑わいます。水戸藩の学問の中心地であった建物の中を、ゆっくりと見学してみましょう。続いては、歩いておよそ18分の水戸市立博物館へ向かいましょう。
弘道館からは歩いておよそ18分です。水戸市立博物館は、自然・歴史・民俗・美術の4部門からなる総合博物館です。水戸藩ゆかりの資料や、近現代の水戸の歩みを伝える資料を通じて、この街の歴史と文化を紹介しています。美術部門では、江戸時代以降に活躍した水戸ゆかりの画家たちの作品を収蔵しており、横山大観をはじめとする画家の作品にも出会うことができます。民俗部門では、かつての人々の暮らしを伝える道具の数々が展示され、衣食住を通じて水戸の歴史をたどることができます。これまで訪ねてきた藩主たちの歴史を踏まえたうえで、水戸という街の全体像を、より立体的に感じてみましょう。続いては、水戸駅方面へ戻ってバスを乗り継ぎ、あわせておよそ30分の笠原水道へ向かいましょう。
水戸市立博物館からは、水戸駅方面へ戻って千波循環バスに乗り継ぎ、あわせておよそ30分です。笠原水道は、寛文2年(1662)、水戸藩2代藩主・徳川光圀公が、水の便が悪かった下町の住民のために、町奉行・望月恒隆に命じて着工させた水道です。翌寛文3年(1663)に完成し、笠原の水源から藤柄町までは岩を刳り抜いた樋を地中に埋めて水を通し、備前堀を渡る部分には銅の樋が使われました。水源から細谷までの全長はおよそ10kmにおよび、江戸時代の土木技術の高さを今に伝えています。敷地内には、当時使われていた岩樋の復元や、彰考館総裁を務めた藤田幽谷による「浴徳泉記」の碑が置かれ、竜頭の形をした水栓からは、今も湧水をもとにした水道水が出ています。水戸の暮らしを支えた、江戸時代の水道技術の跡をたどってみましょう。見学を終えたら、千波循環バスで水戸駅までおよそ20分です。

茨城県1泊2日
茨城県日帰り
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