萩城跡指月公園と笠山、城下町の武家屋敷と椿の名所を巡る1泊2日


JR東萩駅に10時35分ごろ着いたら、駅前からタクシーでおよそ10分、萩城跡・指月公園から旅を始めます。萩城は、慶長9年(1604年)に毛利輝元が指月山のふもとに築いた城で、別名「指月城」とも呼ばれます。山麓の平城と山頂の山城を合わせた平山城で、本丸には高さ8間(14.4m)の五層の天守がありましたが、明治7年(1874年)に建物はすべて解体されました。今は石垣と堀の一部が昔の姿をとどめ、一帯は国の史跡に指定されています。天守跡には礎石と台座が残り、園内には幕末の藩主・毛利敬親ゆかりの茶室「花江茶亭」も移築されています。春にはおよそ600本のソメイヨシノが咲き、日本では萩でしか見られないとされる純白の桜「ミドリヨシノ」もあります。背後の指月山は、城内林として守られてきた森が国の天然記念物に指定されています。
指月公園から歩いておよそ7分、入口近くにある、毛利家一門・厚狭毛利家の武家屋敷の長屋へ。萩屋敷は約15,500㎡の広い敷地がありましたが、主屋などは明治維新後に解体され、安政3年(1856年)に建てられたこの長屋だけが残っています。長さ51.5mの入母屋造り・本瓦葺きの建物は、萩に残る武家屋敷の中で最大の規模とされ、国の重要文化財に指定されています。
長屋から歩いておよそ14分、日本海に面した菊ヶ浜へ。萩城跡から萩湾に沿って続く白砂青松の海岸で、北長門海岸国定公園の中にあります。砂浜からは指月山、沖には笠山や島々が眺められ、「快水浴場百選」にも選ばれています。菊ヶ浜の松原は、古くは「阿武の松原」として歌にも詠まれました。海岸と松林は保安林なので、火を使うことは禁止されています。波打ち際では足元に気をつけましょう。
菊ヶ浜から歩いておよそ15分、萩博物館へ。萩開府400年の記念日にあたる平成16年(2004年)に開館した博物館で、旧萩城三の丸にあたる堀内の保存地区の中にあることから、建物はかつての大きな武家屋敷の特徴にならっています。吉田松陰や高杉晋作をはじめとする幕末維新の実物資料、迫力ある生物標本、世界遺産の構成資産である萩城下町の資料、懐かしいくらしの道具などを展示しています。館内にはレストランもあるので、ここで昼食にしましょう。休館日は公式の案内で確かめてから訪れましょう。
萩博物館から歩いておよそ6分、復元された北の総門のあたりから、堀内の武家屋敷町を歩きましょう。堀内は旧萩城の三の丸にあたり、藩の役所や、毛利一門をはじめとする身分の高い武士の屋敷が建ち並んでいた地区です。武家屋敷の地割が今もよく残り、土塀越しに見える夏みかんとともに、城下町らしい風景をつくっています。永代家老・益田家の物見矢倉など、10数棟の武家屋敷が残ります。国の重要伝統的建造物群保存地区の制度が始まった昭和51年(1976年)に、平安古とともに選ばれています。車が通る道もあるので、気をつけて歩きましょう。
北の総門のあたりから歩いておよそ17分、堀内の南にある口羽家住宅へ。永代家老に次ぐ家柄の萩藩士・口羽家の住宅で、萩城下に残る上級武士の屋敷としては古いものです。白壁となまこ壁が美しい表門は、萩に残る門の中で最大規模とされる長屋門で、江戸藩邸の門をもらい受けて移したものと伝えられています。表門と主屋は国の重要文化財に指定されています。座敷からは庭の向こうに橋本川と対岸の景色が眺められます。休館日は公式の案内で確かめましょう。
口羽家住宅から歩いておよそ20分、旧萩城の外堀の南にある平安古(ひやこ)へ。橋本川沿いに江戸時代の地割がよく残る武家屋敷町で、武家屋敷の主屋や長屋門、長屋、土蔵が、「鍵曲(かいまがり)」と呼ばれる道をつくる長い土塀とともに残っています。昭和51年(1976年)、堀内とともに国の重要伝統的建造物群保存地区に選ばれた町並みです。
平安古の鍵曲から歩いておよそ5分、町並みの中にある、第26代内閣総理大臣・田中義一の別邸へ。明治時代には、夏みかんの栽培をすすめた小幡高政が住んで建物の主な骨組みができ、大正時代に田中義一のものとなって増改築され、今の姿になりました。邸内には肖像画や陸軍大将時代の正装など、ゆかりの品が展示され、五松閣と呼ばれる建物からは川辺の景色が楽しめます。隣には、夏みかんなど約10種類の柑橘の木が植えられた「かんきつ公園」があります。この夜は、タクシーでおよそ9分の東萩駅のまわりの宿に泊まりましょう。

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