名古屋城と徳川美術館、定番の名古屋歴史さんぽ日帰りプラン


名古屋城は、慶長15年(1610)、徳川家康の命により、天下普請(諸大名を動員した公共工事)として築城が始まり、その2年後の慶長17年(1612)に天守が完成しました。金の鯱を戴く五層五階の天守は、築城当時として史上最大級の規模を誇り、尾張徳川家の威信を示すシンボルとなってきました。雄雌一対の金鯱は333年にわたって天守を見守ってきましたが、昭和20年(1945)の空襲で天守もろとも焼失し、現在の天守と金鯱は昭和34年(1959)に再建されたものです。現在、天守は老朽化と耐震性の問題から内部に入ることができませんが、平成30年(2018)に復元された本丸御殿は見学できます。広大な城郭には、現存する隅櫓や門も残り、加藤清正が運んだと伝わる巨石の石垣も見どころです。見学の際は、天守・本丸御殿とも最新の公開状況を公式サイトで確かめましょう。金の鯱鉾で知られる、尾張徳川家の栄華を伝える名城をじっくりと見学しましょう。続いては、徒歩でおよそ14分の名古屋市市政資料館へ向かいましょう。
名古屋城からは歩いておよそ14分です。名古屋市市政資料館は、大正11年(1922)に名古屋控訴院・地方裁判所・区裁判所の庁舎として建てられた建物で、国の重要文化財に指定されています。華やかなネオ・バロック様式の近代建築で、正面玄関の車寄せや中央階段のステンドグラスなど、随所に見応えのある意匠が施されています。かつて実際に使われていた法廷も残り、名古屋の司法の歴史を伝える資料とあわせて見学できます。名古屋の近代建築が集まる「文化のみち」と呼ばれるエリアの起点にもなっています。クラシカルな雰囲気の建物を、ゆっくりと見て回りましょう。続いては、歩いておよそ11分の文化のみち二葉館へ向かいましょう。
名古屋市市政資料館からは歩いておよそ11分です。文化のみち二葉館は、「日本の女優第一号」と呼ばれる川上貞奴が、大正時代に暮らした和洋折衷の邸宅を移築復元した建物で、平成17年(2005)に「文化のみち」の拠点施設として開館しました。館内には、川上貞奴にゆかりの資料や、この地にゆかりのある文学資料が展示され、ステンドグラスを配した洋館の意匠も見どころです。名古屋の近代を彩った女性の暮らしぶりに触れてみましょう。見学のあとは、このあたり「文化のみち」周辺の飲食店で昼食をとるとよいでしょう。続いては、歩いておよそ10分の建中寺へ向かいましょう。
文化のみち二葉館からは歩いておよそ10分です。建中寺は、初代尾張藩主・徳川義直の菩提を弔うため、慶安4年(1651)、第2代藩主・徳川光友によって建立された、尾張徳川家の菩提寺です。創建当時のものと伝わる三門・総門をはじめ、歴代藩主の霊廟や、国の登録有形文化財に指定される徳興殿など、江戸時代の広大な寺観を今に伝えています。今も法要が営まれる祈りの場ですので、境内では静かに、敬意をもってお参りください。続いては、歩いておよそ10分の徳川美術館へ向かいましょう。

建中寺からは歩いておよそ10分です。徳川美術館は、昭和10年(1935)、尾張徳川家19代当主・徳川義親によって設立された美術館で、徳川家康の九男・義直を初代とする尾張徳川家に、江戸時代を通じて代々受け継がれてきた大名道具を伝えています。国宝9件、重要文化財59件を含む、およそ1万件もの大名道具を所蔵しており、武具甲冑から茶道具、能道具、儀礼用の調度品まで、大名家の暮らしと文化を物語る品々が並びます。中でも国宝「源氏物語絵巻」は、現存する最古の物語絵巻とされ、期間限定で公開されています。尾張徳川家という御三家筆頭の家に伝わる、大名文化の粋をじっくりと眺めてみましょう。続いては、歩いておよそ2分の徳川園へ向かいましょう。
徳川美術館からは歩いておよそ2分です。徳川園は、尾張藩2代藩主・徳川光友の隠居所跡に整備された池泉回遊式の大名庭園です。昭和6年(1931)、尾張徳川家19代当主・徳川義親によって名古屋市に寄贈され、翌年に公開されました。四季折々の花木と、滝や渓流、池を配した景観は、都心にいながら自然の奥深さを感じさせてくれます。隣接する蓬左文庫では、尾張徳川家に伝わる貴重な古典籍もあわせて公開されています。名古屋城から続く、尾張徳川家ゆかりの1日を、この庭園でゆっくりと締めくくりましょう。徳川園からは、大曽根駅まで歩いておよそ13分です。そこから地下鉄やJRで名古屋駅・栄方面へ戻りましょう。

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