偕楽園と水戸城下、大洗の海をめぐる1泊2日

JR水戸駅に10時30分ごろ着いたら、駅前でレンタカーを借りて(手続きに15分ほど)、車でおよそ10分の偕楽園の下の駐車場に車をとめ、歩いておよそ7分、偕楽園に着きます。天保13年(1842)、水戸藩9代藩主・徳川斉昭が造った、日本三名園の一つとされる大名庭園です。「偕楽園」という名前は、中国の古典『孟子』にある「古の人は民と偕に楽しむ」という一節にちなみ、領民と共に楽しむ場にしたいという斉昭の思いから名付けられたと伝えられています。厳しい自己研鑽と良質な休息、その両方が大切だという「一張一弛」の考えのもと、心休まる庭園として造られました。園内の別邸・好文亭も、建てる場所から意匠まで斉昭自らが定めたと伝えられています。梅の名所としても知られ、早春には園内を薫り高く彩ります。広大な庭園をじっくりと散策しましょう。この後は、歩いておよそ5分、常磐神社へ向かいましょう。
偕楽園から歩いておよそ5分、常磐神社に着きます。水戸藩2代藩主・徳川光圀と9代藩主・徳川斉昭を祭神とする神社で、明治6年(1873)に創建されました。境内の義烈館には、光圀が編さんを始めた『大日本史』の草稿や、斉昭が築かせた大砲「太極砲」などが展示されています。今も祈りが続く場所ですので、静かに、敬意をもってお参りしましょう。この後は、歩いておよそ8分、偕楽園・常磐神社前のまわりで昼食にしましょう。
常磐神社から歩いておよそ8分。偕楽園の東門のまわりには、食事処もあるので、ここで昼食をとりましょう。食事を終えたら、歩いておよそ7分で偕楽園の下の駐車場にとめた車に戻り、車でおよそ10分、茨城県立歴史館へ向かいましょう。
偕楽園・常磐神社前のまわりから、歩きと車であわせておよそ17分、茨城県立歴史館に着きます。茨城の歴史と文化を紹介する県立の博物館で、常設展示では旧石器時代から現代までの茨城の歩みを、考古資料や古文書、民具などとともにたどることができます。敷地内には、明治時代の校舎を復元した旧水戸農業高等学校本館をはじめ、歴史的な建物も点在しています。この後は、車でおよそ12分、弘道館へ向かいましょう。
茨城県立歴史館から車でおよそ12分、弘道館に着きます。天保12年(1841)、水戸藩9代藩主・徳川斉昭が開いた藩校で、当時の藩校としては国内最大規模だったとされています。儒学や歴史、武芸はもちろん、医学や天文学まで学べる総合的な学びの場でした。創建当時から残る正庁・至善堂・正門は国の重要文化財で、藩校当時の姿を今に伝えています。厳しく学び鍛える弘道館(張)と、心身を休める偕楽園(弛)は、「一張一弛」の精神のもと、対をなす施設として造られています。今日訪れた偕楽園との関わりを思い浮かべながら、見学しましょう。この後は、車をとめたまま、歩いておよそ2分、水戸城跡の大手門へ向かいましょう。
弘道館から歩いておよそ2分、大手門前の大手橋に着きます。御三家の一つである水戸徳川家の居城でしたが、江戸に近い立地から幕府への配慮もあってか、天守は築かれず、三階建ての櫓を天守の代わりとしていたと伝えられています。目の前にそびえる大手門は、佐竹氏が城主だった慶長年間(1596〜1615)ごろに建てられ、何度かの建て替えを経て明治時代に姿を消しましたが、令和2年(2020)、江戸時代後期の姿に忠実に復元されました。高さおよそ13メートル、幅およそ17メートルにおよぶ巨大な櫓門で、平成21年(2009)、県内のお寺で見つかった大手門ゆかりの扉が、復元のきっかけになったといわれています。復元された土塀とあわせて、水戸城下の歴史をたどりながら見学しましょう。この後は、歩いておよそ2分で弘道館のそばにとめた車に戻り、車でおよそ8分、水戸芸術館へ向かいましょう。
水戸城跡の大手門から、歩きと車であわせておよそ10分、水戸芸術館に着きます。建築家・磯崎新の設計による複合文化施設で、コンサートホールや劇場、ギャラリーを備えています。高さ100mのらせん状のシンボルタワーが目を引き、正三角形のチタンパネルを組み合わせた四面体を積み重ねた、57面からなる独特の造形です。稜線をたどると、三重らせんが空に向かって上昇していくデザインで、無限に発展する水戸を象徴しているとされています。エレベーターで地上86.4mの展望室まで上ることもできます。見学を終えたら、この夜は、車でおよそ30分の大洗磯前神社のまわりの宿に泊まりましょう。

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茨城県日帰り
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