徳島城跡と徳島中央公園、蜂須賀家の城下町を歩くプラン


JR徳島駅から歩いておよそ9分、鷲の門に着きます。この門をくぐるのが徳島城の正規の登城道で、門の先は三木郭、下乗橋、大手門へと続いていました。もとの門は徳島大空襲で焼失し、今の門は徳島市の市制100年を記念して、平成元年(1989)に復元されたものです。門の先に広がる徳島中央公園は、日露戦争の戦勝を記念して明治39年(1906)に開かれた公園です。この後は、歩いておよそ10分、城山の徳島城跡へ向かいましょう。

鷲の門から歩いておよそ10分、城山の徳島城跡に着きます。蜂須賀家政が徳島藩の藩祖となったのを機に1586年に完成した城で、明治8年(1875)に取り壊されました。標高61mの城山の山頂部に本丸の跡があり、城山は原生林に覆われています。本丸や二の丸などの石垣が今も残っています。山道は足元に気をつけて歩きましょう。この後は、歩いておよそ9分、徳島城博物館へ向かいましょう。
徳島城跡から歩いておよそ9分、徳島城博物館に着きます。平成4年(1992)に開館した博物館で、藩主の蜂須賀家に伝わる甲冑や刀剣、着物、絵画や屏風などを展示しています。城下町として栄えたころの暮らしを伝える地図や、住まいと店の実物大の模型もあります。水軍のコーナーには、江戸時代の末に蜂須賀家が持っていた船「千山丸」があり、この形で残る日本の船はこれだけと考えられていて、国の重要文化財に指定されています。休館日は公式の案内で確かめましょう。この後は、歩いておよそ6分、徳島中央公園の近くで昼食にしましょう。
徳島城博物館から歩いておよそ6分、徳島中央公園の近くで昼食にしましょう。この後は、歩いておよそ6分、旧徳島城表御殿庭園へ向かいましょう。
昼食の場所から歩いておよそ6分、旧徳島城表御殿庭園に着きます。城の表御殿の前庭だった庭で、1600年ごろ、千利休に学んだ茶人で武将の上田宗箇が造営を監修したとされ、国の名勝に指定されています。池のある庭と枯山水を組み合わせた庭で、長さ10.5mの緑泥片岩の石橋など、いくつもの石橋が架かっています。この後は、歩いておよそ4分、数寄屋橋とバラ園のあたりへ向かいましょう。
表御殿庭園から歩いておよそ4分、数寄屋橋とバラ園のあたりに着きます。城の御殿の鬼門(北東)にあたる数寄屋門は、城の東を流れる堀川に面した門で、別名「不明門」とも呼ばれました。近くには、400株のバラが咲くバラ園があります。この後は、歩いておよそ14分、新町川の周遊船の乗り場へ向かいましょう。
数寄屋橋から歩いておよそ14分、両国橋のたもとの周遊船の乗り場に着きます。新町川と助任川に囲まれた周囲約6kmの市街地は、その形から「ひょうたん島」と呼ばれ、遊覧船はおよそ30分で、19の橋をくぐりながら島をひとまわりします。船は決まった時刻に出るので、乗り場で次の便を待つ時間も見ておきましょう。最新の運航の時刻は公式の案内で確かめましょう。この後は、歩いておよそ7分、藍場浜公園へ向かいましょう。
周遊船の乗り場から歩いておよそ7分、新町川に面した藍場浜公園に着きます。「水都」の愛称で呼ばれる徳島の、川沿いの景色を眺めながら、ひと休みしましょう。この後は、歩いておよそ25分、助任川を渡って興源寺へ向かいましょう。
藍場浜公園から歩いておよそ25分、助任川を渡った先の興源寺に着きます。蜂須賀家の菩提寺で、寺の西には、藩祖・家政をはじめ歴代の藩主が葬られた墓所が、築地塀に囲まれて営まれています。眉山の稜線にある万年山墓所とあわせて「徳島藩主蜂須賀家墓所」として、平成14年(2002)に国の史跡に指定されました。今も祈りが続くお寺で、蜂須賀家の墓所もありますので、静かに、敬意をもってお参りしましょう。見学できる時間は公式の案内で確かめましょう。帰りは、JR徳島駅まで歩いておよそ25分です。

徳島県1泊2日
徳島県日帰り
徳島県日帰り
徳島県・鳴門1泊2日