蔵造りの町並みと喜多院、小江戸川越と比企の史跡をめぐる1泊2日

この旅は電車と歩きでめぐります。JR・東武東上線の川越駅に11時ごろ着いたら、東口から歩いて約7分で、川越八幡宮へ。長元3年(1030年)に源頼信が、豊前国の宇佐八幡宮からこの地に勧請したと伝わる神社です。頼信がここで戦勝を祈って平忠常の乱をしずめたという言い伝えから「勝負の神様」として親しまれ、朱塗りの灯籠が並ぶ参道は、川越市の「都市景観ポイント賞」に選ばれています。今も祈りが続く場所ですので、静かに、敬意をもってお参りください。
八幡宮から北へ歩いて約16分、蓮馨寺へ。困っている人や子どもたちを救ったと伝わる呑龍上人をまつる寺で、本堂の正面には「おびんずる様」が安置されています。今も祈りが続く場所ですので、静かに、敬意をもってお参りください。
蓮馨寺から歩いて約3分、となりの川越熊野神社へ。天正18年(1590年)に、蓮馨寺の二世・然誉文応僧正が紀州熊野から勧請したのが始まりといわれます。社紋は、熊野の神の使いとされる三本足の「八咫烏」です。今も祈りが続く場所ですので、静かに、敬意をもってお参りください。

熊野神社から北へ歩いて約9分、蔵造りの町並みにそびえる時の鐘へ。今から約400年前、川越藩主・酒井忠勝が創建したといわれる鐘つき堂です。火災で何度も焼けては建て替えられ、今のものは明治26年(1893年)の川越大火の直後に再建された4代目です。町の3分の1が焼けたなか、自分たちの店より先に、暮らしに欠かせない「時」を告げる鐘を建て直したのが川越の商人たちでした。木造3層で高さは約16m。今も1日に4回、時を告げていて、その音は、平成8年(1996年)に環境庁(今の環境省)の「残したい“日本の音風景100選”」に選ばれました。

時の鐘から歩いて約1分、蔵造りの商家が並ぶ一番街へ。大きな鬼瓦の屋根に黒しっくいの壁、分厚い観音開きの扉の建物が並び、1792年(寛政4年)に建てられた大沢家住宅は、中でもいちばん古いとされ、国の重要文化財です。江戸で火事に強い土蔵造りが広まると、江戸と商いで結びつきの強かった川越でも蔵造りの商家が建つようになりました。今の蔵造りの多くは明治26年の川越大火のあとに建てられたもので、今も30数棟が残り、平成11年(1999年)に国の重要伝統的建造物群保存地区に選ばれています。大正7年に建てられた洋館(旧埼玉りそな銀行川越支店)もあります。このあたりで昼食にしましょう。
昼食のあとは、一番街から歩いて約4分、菓子屋横丁へ。色とりどりのガラスが散りばめられた石畳の道に、約30軒の菓子屋などが並び、昔ながらの手法で作る飴菓子や駄菓子が売られています。横丁に漂う素朴でなつかしい香りは、環境省の「かおり風景100選」に選ばれています。

菓子屋横丁から東へ歩いて約15分、川越氷川神社へ。6世紀の欽明天皇の時代に創建されたと伝わり、太田道灌が川越城を築いてからは城の守護神・この地の総社として、江戸時代には藩領の総鎮守として歴代の城主に敬われてきました。江戸彫りといわれる細かな彫刻が全面にほどこされた今の本殿は、天保13年(1842年)に城主・松平斉典と氏子たちが寄進したものです。東参道の高さ15mの大鳥居は木製としては日本最大級とされ、扁額の社号は勝海舟の直筆です。秋の「川越まつり」は、この神社の例大祭の付祭りです。今も祈りが続く場所ですので、静かに、敬意をもってお参りください。
氷川神社から南東へ歩いて約9分、川越城本丸御殿へ。川越城は、長禄元年(1457年)に太田道真・道灌の父子が築いた城です。本丸御殿は嘉永元年(1848年)に藩主・松平斉典が造営したもので、川越城に残る唯一の遺構とされます。今残るのは玄関・大広間と、移築復元された家老詰所で、部屋を仕切る杉戸絵や豪壮な車寄せ、家老詰所の家老の人形などが見られます。休館日は公式の案内で確かめましょう。
本丸御殿から歩いて約3分、となりの川越市立博物館へ。原始・古代から現代までの川越の歴史と文化を紹介していて、とくに川越が栄えた江戸時代から明治時代に重点を置いた展示で、1日目に歩いた城下町の成り立ちをふり返ることができます。休館日は公式の案内で確かめましょう。小江戸の町を歩いた1日目を、ここで締めくくりましょう。今夜は川越に泊まります。

埼玉県・秩父日帰り
埼玉県・秩父1泊2日
埼玉県・秩父日帰り
埼玉県・さいたま市内1泊2日