金峯山寺と吉水神社、桜と信仰の山・吉野を歩く旅

この旅は電車と歩きでめぐります。近鉄吉野線の吉野神宮駅に11時ごろ着いたら、歩いて約20分。南北朝の時代に吉野に朝廷を開いた後醍醐天皇をまつる神社で、明治22年(1889年)に明治天皇の意向によって創建されました。今の社殿は昭和7年(1932年)の改築で、檜で造られた本殿や拝殿は、近代の神社建築を代表するものとされています。今も祈りが続く場所ですので、静かに、敬意をもってお参りください。

吉野神宮から歩いて約30分、千本口駅からロープウェイで吉野山へ上ります。1929年に運行を始めた、国内で最も古いとされるロープウェイで、機械遺産にも登録されています。乗っている時間は数分ですが、窓の外に広がる下千本の山肌を眺めながら、吉野山の入口へ向かいましょう。運行の日や時間は季節で変わるので、公式の案内で確かめましょう。
吉野山駅から歩いて約10分、修験道の総本山です。修験道の開祖・役行者が山中の修行で感得したという金剛蔵王権現の姿を、ヤマザクラの木に刻んでまつったのが始まりと伝えられ、これが吉野山と桜の深い結びつきの原点ともいわれます。本堂の蔵王堂は国宝で、木造の古い建物としては東大寺大仏殿に次ぐ大きさといわれます。国宝の仁王門は大規模な修理の最中なので、蔵王堂を中心にお参りしましょう(修理の状況は公式の案内で確かめましょう)。今も祈りが続く場所ですので、静かに、敬意をもってお参りください。

金峯山寺から歩いて約6分、吉水神社の鳥居の前に続く、中千本の町並みです。吉野山の桜は、ふもとから下千本・中千本・上千本・奥千本と、山の高さによって咲く時期が少しずつずれ、時期によっては山全体で長く花を楽しめます。歌人・西行もこの地の桜を愛し、多くの歌を詠んだといわれます。参道沿いには葛の菓子や食事処の店が並ぶので、ここで昼食にしましょう。桜の時期はとても混み合うので、足元と周りの人に気をつけて歩きましょう。

昼食のあと、町並みから歩いて約3分。もとは金峯山寺の僧坊「吉水院」だった神社で、源頼朝に追われた源義経が静御前や弁慶とひととき身を寄せたと伝えられ、南北朝の時代には後醍醐天皇が仮の御所を構えたといわれます。安土桃山時代には、豊臣秀吉が大がかりな花見の本陣を置いたとも伝わります。境内からは、中千本・上千本の山の斜面に桜が重なって見える「一目千本」の眺めが広がります。世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部です。今も祈りが続く場所ですので、静かに、敬意をもってお参りください。
桜本坊から歩いて約3分、宿坊の竹林院に伝わる庭園「群芳園」です。文禄3年(1594年)、豊臣秀吉が吉野で花見をした折に、千利休が手を加えて桃山風の庭に整えたといわれ、當麻寺中之坊・慈光院の庭と並んで「大和三庭園」の一つともいわれています。池のまわりを歩きながら、吉野の山並みとあわせて庭の景色を楽しみましょう。竹林院は宿坊でもあります。お寺の中の庭ですので、静かに、敬意をもって拝観しましょう。
竹林院から谷をはさんだ向かいの山すそへ歩いて約20分。平安時代、延喜年間に開かれたと伝わるお寺で、南北朝の時代には後醍醐天皇の勅願寺と定められました。本堂の裏手には、吉野で崩御された後醍醐天皇の陵「塔尾陵」があり、天皇陵としては珍しく北を向いて営まれています。宝物殿には、楠木正行が戦いに向かう前に辞世の歌を矢じりで刻んだと伝わる扉が残ります。陵は宮内庁が管理しているので柵の中には入らず、お寺とあわせて今も祈りが続く場所ですので、静かに、敬意をもってお参りください。この夜は、中千本の宿に泊まりましょう。

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奈良県・吉野日帰り
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