盛岡城跡公園と中津川、定番の盛岡さんぽ日帰りプラン

この旅は歩きでめぐります。盛岡駅前から本町通経由のバスで本町通一丁目へ行き、歩いて約15分の報恩寺へ。室町時代のはじめに三戸で創建され、江戸時代のはじめに南部利直によって今の場所に移されたと伝えられる寺です。羅漢堂に納められた五百羅漢は、享保16年(1731年)から4年をかけて京都の仏師たちが作ったもので、今は499体が残り、盛岡市の文化財になっています。なかにはマルコ・ポーロやフビライ・ハンの像もあるといわれます。堂内では撮影せず、お寺の決まりに従いましょう。今も祈りが続く場所ですので、静かに、敬意をもってお参りください。
報恩寺から歩いて、東顕寺の裏手の三ツ石神社へ。境内に3つの大きな花崗岩が並びます。昔、この地で人々を悩ませた鬼が、三ツ石の神に捕らえられ、もう来ないという約束のしるしに岩に手形を押したと伝えられ、これが「岩手」の名の起こりとされています。鬼がいなくなったことを喜んだ人々が、石のまわりで踊ったのが、盛岡さんさ踊りの始まりという伝説も残ります。今も祈りが続く場所ですので、静かに、敬意をもってお参りください。
三ツ石神社から南へ歩いて、中津川のほとりのプラザおでって6階にある盛岡てがみ館へ。石川啄木、新渡戸稲造、後藤新平など、盛岡にゆかりのある人々の手紙を中心に、原稿や日記などを集めて展示している、全国でもめずらしい施設です。展示は企画展の形で入れ替わります。休館日は公式の案内で確かめましょう。
てがみ館から歩いてすぐの肴町商店街へ。屋根におおわれたアーケードの商店街で、雨や雪の日も歩きやすく、さまざまな店が並びます。このあたりで昼食にしましょう。

昼食のあとは、中の橋から中津川の岸辺を、下の橋の方へ歩きます。中津川には、江戸時代のはじめに上の橋・中の橋・下の橋が架けられ、城下町の両岸が結ばれました。10月から12月ごろには、北上川から上ってきた鮭の姿が見られることもあり、河口から約200kmという、日本でも長い距離の遡上といわれます。川辺では足元に気をつけましょう。
中津川から盛岡城跡公園のとなりの、もりおか歴史文化館へ。旧岩手県立図書館の建物を生かして、2011年に開館しました。1階では盛岡の祭りなど、まち歩きの情報を紹介し、2階では城下町の成り立ちと盛岡の近代化、南部家の資料を中心に展示しています。休館日は公式の案内で確かめましょう。

歴史文化館から、盛岡城跡公園へ。慶長2年(1597年)に南部信直が築城を始めたと伝えられる盛岡城の跡で、明治のはじめに城の建物のほとんどは取り壊されましたが、城内とその周辺でとれた花崗岩の石垣が残り、国の史跡になっています。公園には、石川啄木の「不来方のお城の草に寝ころびて 空に吸はれし 十五の心」の歌碑もあります。石垣の上では、足元や高いところに気をつけましょう。
城跡公園から西へ歩いて、北上川にかかる開運橋へ。盛岡駅と街の中心を結ぶ橋で、晴れた日には岩手山の姿が見えることもあります。盛岡に転勤してきた人が「遠くへ来てしまった」と泣きながら渡り、去るときには「離れたくない」と泣きながら渡ることから、「二度泣き橋」とも呼ばれます。川と城下町をめぐる盛岡の旅を、ここで締めくくりましょう。帰りは、歩いて約5分の盛岡駅から。

岩手県1泊2日
岩手県日帰り
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